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浜崎地区には御船蔵以外にも見所がたくさんある。それは浜崎地区には江戸時代、多くの海運や廻船問屋や船主が居をかまえていたからだ。下の絵地図は江戸時代の浜崎地区を示している。 江戸時代絵地図にみる浜崎地区 出典:元文年間萩城下町絵図 下は浜崎地区にある住吉神社。住吉神社は、海や船と切っても切れない関係にある。 江戸時代の萩住吉神社 出典:八江萩名所図画 下は住吉神社に伝わる「お船謡」。 この浜崎地区は海や河口に近いため、多くの魚市場もあった。下は江戸時代の浜崎の魚市場の絵図である。 浜崎・魚市場絵図 出典:八江萩名所図画 ■旧山村家住宅 浜崎地区の一角に、旧山村家住宅がある。下の写真は再現された山村家である。この山村家は、もともと浜崎地区の中心にあり、山村釣具店として親しまれていた商家、旧山村家住宅が明治前期の姿に復元され今年4月一般公開されたものである。 下は旧山村家住宅オープンの日のセレモニー。 出典:萩市観光協会の萩市観光パンフレットの表紙 http://hamasakih.exblog.jp/i5/ この旧山村家住宅は、江戸時代につくられた大型の町屋で、平成17年に所有者の山村氏が浜崎地区の伝統建築物地区のまちづくりに役立ててもらえるならと萩市に寄付され、浜崎伝統建築物地区の公開施設として整備、公開されたものである。 復元された旧山村家住宅 撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8 下は萩市観光協会の萩市観光パンフレットの表紙 出典:萩市観光協会の萩市観光パンフレットの表紙 http://hamasakih.exblog.jp/i5/ 旧山村家の建築物としての特徴は、当該地域では珍しい表屋(おもてや)造りという、京都や大阪の豪商に見られる建築様式であることである。これは一旦室内(土間)に入り再び外(中庭)に出て、玄関があるという様式を意味する。 これは公(商売)の領域と私(プライベート)の領域を分ける当時最も洗練された町屋の建て方であり、萩のみならず、山口から九州にかけ一般的に見られるものであったという。 旧山村家住宅内部 撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8 旧山村家住宅の概要 南主屋 173.31平方メートル 南土蔵 65.84 離れ 29. 09 北主屋 77.76 北土蔵 35.90 旧山村家住宅内部 撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8 旧山村家では茶会も開催されている!! 出典:萩市観光協会の萩市観光パンフレットの表紙 http://hamasakih.exblog.jp/i5/ 下は旧山村家住宅の<見どころポイント> 出典:萩市歴史まちづくり部文化財保護課 出典:萩市歴史まちづくり部文化財保護課 |
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