歴史短訪、新羅の首都慶州 10 Histric short visit to Gyeongju, Hometown of Silla 石窟庵、修復問題 青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda 掲載月日:2015年8月30日 独立系メディア E−wave Tokyo 無断転載禁 |
実際銅だったのかは分かりませんが、以下は、石窟庵の修復を巡る問題です。 ソックラム 石窟庵 (トリップアドバイザー提供) 私達は日本国内でも芝増上寺や上野寛永寺の灯籠が終戦後、西武関係者により勝手もちだされ、東京、埼玉、千葉などの宗派の違う寺院に移設されるだけでなく、分解移動後の杜撰な作業により配置する場所がわからなくなった石材が寛永寺(東京都台東区上野)や長命寺(東京都清瀬市)に放置されているのを見ています。 これらは非常に残念なことと思います。 以下は石窟庵から石段を降りてきたところにありました壽光殿です。 『寿光殿』の大きな文字の落款の日付は、「壬午仲秋」、名前は「白岳樵夫申合熙」とのことです。日本では、例えば文政壬午は文政5年(1822)、あとは60年飛びの明治の1882年、昭和の1942年が壬午になるようです。 なお、落款(らっかん)は、落成款識(らくせいかんし)の略語を意味します。書画を作成した際に製作時や記名 識語(揮毫の場所、状況、動機など)、詩文などを書き付けたもの、またその行為を言います。 その文を款記といい、その時捺す印章を落款印と言います。慣習上、署名として押捺された印影、または署名に代えて押捺した印影をさすことも多いようです。署名用の印そのものを落款と称することもあります。 石窟庵から石段を降りてきたところにありました壽光殿 撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400 2015年6月24日 下は壽光殿の前に下の写真のようにピンク、グリーン、イエローの3色のぼんぼりのようなものが沢山ありました。 撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400 2015年6月24日 写真にありますカラフルなボンボリですが、調べたところ、どうもお釈迦様の誕生を祝う飾りとか、花祭りの提灯飾りのように見えます。 ただ、時期が違うので花祭りの飾りではないかもしれません。石窟寺の飾りはこれに見えます。名残の飾りだったのかもしれませんね。もっと低いところにあったものは、お願い事を書いた紙だったように記憶しています。 下の写真は、壽光殿よりさらに下がった地点から見た石窟庵です。山に霧がかかって、深山幽谷の趣があります。ここからもカラフルなボンボリが二段に渡り見えます。 撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400 2015年6月24日 下の2枚は同行の学芸員が撮影した写真です。 撮影:学芸員 Nikon Coolpix S6400 2015年6月24日 撮影:学芸員 Nikon Coolpix S6400 2015年6月24日 この後、私達は石窟庵の近くにある仏国寺に向かいます。 つづく |