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前半 後半 全体 ■2009年3月10日 アウシュビッツ博物館視察1 |
●アウシュビッツ博物館に入場 クラクフ東ターミナルを路線バスで出て1時間20分ほどでアウシュビッツの町に入る。結構大きな町だ。バスはアウシュビッツ博物館に近いところで停車し、私たちを含め乗客は入り口に向かって歩く。 下の写真は、バスの停留所からアウシュビッツ博物館のビジターセンター(受付)まで歩いているところである。時間はほんの数分でビジターセンターに到着する。 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 下はアウシュビッツ博物館のビジターセンターである。 この一大世界史博物館は何と入場無料。日本語のガイドブックは約90円。私たちもガイドブックを買い、いざ入場。 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 ビジターセンターからアウシュビッツの現存する強制収容施設に向かう。有名なゲートは下の写真にある監視塔のすぐ右にある。皆、ゲートで立ち止まり、記念撮影をするようだ。 撮影:池田こみち Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 ●アウシュビッツ収容所のゲートをくぐる この日は、朝から天気が悪い。 しかも頬を指すようなみぞれや雪が降ったり止んだりを繰り返えす厳しい天候だ。 そんなこともあり、いやがおうにも第2次世界大戦中のアウシュビッツの悲劇と悲惨が私たちにもこみ上げてくる。 ここでアウシュビッツ強制収容所の有名なゲートを入る。 場所は下の写真にある有名な アウシュビッツ強制収容所のゲート(入り口)近くだ。 撮影:池田こみち Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 ゲートの上にはドイツ語でArbeit Macht Frei つまり「働けば解放される」と書いてある。何とも皮肉な言葉である。というのも、この門をくぐったユダヤ人の80%以上は帰らぬ人となっているからだ。 撮影:池田こみち Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 ●何とネコのお出迎え ◆池田こみち:<今日の一枚>アウシュビッツ強制収容所と「猫」 ◆Komichi Ikeda & Teiichi Aoyama: A Cat at the Auschwitz Gate ところで、このゲートをくぐった直後、下の写真にようにかわいいネコちゃんに出会った。 ネコちゃん自らが私たちに寄ってきたのだ。しかも犬のようにチンチンしながら寄ってきた。これには本当にびっくり。 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 アウシュビッツ強制収容所は現在、博物館となっており、見学客用のレストランがある。ネコはおそらく毎日そこからエサをもらっているのだろう。 ネコ好きの私もおもわず写真の通り。 何しろこのネコ、ひとなつこい。 撮影:池田こみち Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 数ある世界史のなかでも突出して悲惨な人間、人権破壊の場となったアウシュビッツの現場で、こんな平和な一面に出あったことに、私たちは、しばしホットとする。 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 アウシュビッツのネコちゃんは一通り私たちを歓迎すると、さっさとゲートの方にいってしまった(笑い)。 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 (撮影した動画よりフレーム単位に落としたもの) 収容所に入った後、ゲート側を見たところ。世界各国から多くのひとびとが朝から詰めかけている。右側にあるのが監視塔。 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 ●アウシュビッツ収容施設の概要 この後、アウシュビッツ収容所(一号)の施設を時間をかけひとつひとつ視察する。収容施設はビジターセンターで買った案内書の中に説明されている。 下の地図では、ネコにあったゲートはkから「24」に行く途中で、ゲートを通ったことになる。 出典:アウシュヴィッツ・ビルケナウ案内書、2008 Source:Auschwitz:The Final Solution BBC Source:Auschwitz:The Final Solution BBC 以下はビジターセンターからゲートに行く途中にある施設案内板。案内板は、ポーランド語、ドイツ語、英語の3ヶ国語で掲示されている。 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 それぞれの収容施設は「バラック」と呼ばれており、そのバラックが展示場となっている。以下に主な展示を示す。 ●全般的展示 4:絶滅行為に関する展示 5:犯罪行為の証拠に関する展示 6:囚人の生活に関する展示 7:囚人の居住・衛生状態に関する展示 11:死のブロック ●関係各国の展示 13:欧州ロマが絶滅されたことに関する展示 15:ポーランド展示 16:スロバキアのユダヤ人に関する展示 チェコからの囚人に関する展示 17:ユーゴスラビア、オーストリアに関する展示 18:ハンガリーのホロコースト犠牲者に関する展示 20:フランスからアウシュビッツに強制連行者に関する展示 同ベルギーに関する展示 21:1940−1945年のオランダのユダヤ人迫害と強制連行に関する展示 同イタリアに関する展示 27:ユダヤ人の受難の歴史に関する展示 ●重要施設 a:ガス室・焼却炉 b::死の壁 c:チクロンB/囚人持参物の倉庫 d:点呼広場・集団絞首台 e:収容所の厨房 f:所長の住居 g:収容所司令部 h:SS管理局 i:SSの病院 j:ゲシュタポ司令部 k:SS衛兵所・収容所事務室 l:SSガレージ m:管理棟 n:囚人受け入れ場所 10:断種実験室 19,20,21,28:収容所内の病院 以下の図はアウシュビッツ収容所の全景である。 ただし以下の図にある番号は上記の番号とは連携していない。 アウシュビッツ強制収容所の全体図 収容所の内と外との境界線には、交流で400V近い電圧の有刺鉄線が張り巡らされている。高圧電気が通じている有刺鉄線が幾重にも細かく張られている。これでは、よじ登って脱走するのは無理である。よじ登った人々は射殺とは別に、高圧電線により感電死したのだろう。 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 ここに立つと、折からの厳しい天気もあいまって、アウシュビッツ強制収容所の存在をリアリティをもって直感する。ここに多くのひとびとが連行され、あげくのはてに殺戮されていったかに思いをはせる。何しろ寒い。 撮影:青山貞一 Nikon Cool Pix S10 2009.3.10 以下はアウシュビッツ強制収容所(第一、第二、第三)の位置である。 第一の通称アウシュビッツ収容所は川のほとりにある小さな四角で黄色で示された部分(AuschwitzT)。 アウシュビッツUはビルケナウ強制収容所(AuschwitzU、Birkenau)と呼ばれる。 地図の左側にある大きな黄色の施設。やはり引き込み線がある。アウシュビッツVはモノビッツ収容所と呼ばれ地図では右側の黄色の四角がそれだ。 地図を見れば分かるように第二のビルケナウがいかに巨大であるかが分かる。 また強制収容施設の立地選定だが、これについてはナチスのヒムラーの以下の言葉がある。 すなわち「これより東にある虐殺場では、大規模な行動が実現できない。ここの交通上の立地条件は有利で、しかもこの地域を周囲から隔絶し遮断することも可能だ」と。 出典:Wikipedia つづく |